2012年11月28日水曜日

太宰府、福岡城址、大濠公園、西公園、紅葉狩りなど|散歩記録・K-01撮影

ANAのマイレージが毎月消えて行くのが切なかったので11月の24−26日に福岡へ行って来ましたメモ。一応、生徒の合格祈願へ行くのと、友だちの顔を見に行くのが目的。
前々日に衝動買いしたK-01を持って、折角のなので紅葉狩りとお散歩も。


二日市から天神、太宰府方面への線路。

托鉢僧




もみじは、もう散りかけ。

著名な光明禅寺のお庭はは法要があって拝観できず、覗くだけ

もみじの葉ってホント綺麗な形していると思う




太宰府の御神籤も紅葉色


川端通りの提灯屋



夜のキャナルシティは広告の集合体

天神地下街のエンブレムはイカス



踏まれそうになっても微動だにしない猫




濃い色のドア好き

最近、輪をかけて先行き不透明でちょっとナーバス。それで物欲が暴走したりしているのかもしれない。

御守も買って、友人とも久しぶりに話せて満足。福岡は、歩ける範囲に色々なものがぎゅっと詰まっていて愉しい街だった。

博多ライトアップウォーク2012博多千年煌夜|散歩記録・K-01撮影

11月24日に、博多で21日から25日までの期間で開催されていた博多ライトアップウォーク2012博多千年煌夜に買ったばかりのK-01持って出かけてきたのでメモ。主に神社仏閣をライトアップして夜に開放するという素敵イベントです。

先に行ってきていた友人に「承天寺必見」と言われていたのでまず承天寺に。いくら連休のイベントとはいえ、お寺なんてそんな混まないっしょと舐めきって臨みましたが、着いてびっくり、休日のディズニーランドのアトラクションばりに並んでいました。
とりあえず落ち着いてチケットを購入。4枚綴りのものと8枚綴りのものがありましたが、1人だし、その夜しかなかったので4枚のものを購入。

並んでしまえば、それなりに列は動いたので、そこまでまたずに済みました。とはいえ門をくぐってもお庭までは結構距離があって、そこもずっと並んでいるのでなかなか大変。初めて行くお寺でどのくらい待つのもわからなかったですし。


それでも並ぶ価値はありました。枯山水のお庭がライトアップされて不思議な世界に。


上下に波打っているように見えますが、左右の波が光の加減でそう見えているのだと隣の和服の女性が連れの男性に解説していました。


溝の暗さとライトを反射する砂の対比が強く現実の光景かどうかを疑ってしまう。



時々、ライトの色が変わります。僕が入る直前に、わ~っと歓声が上がっていたので、どうやらその時に青色に変わったよう。随分長いこと座り込んで眺めていましたが、青を基調に赤が混じって紫になったりしていました。赤や緑に変わることもあるとのことでしたがそこまで見ることは叶わず。
もみじなどを配した別のお庭もあってそちらも素晴らしかったのですが、枯山水の印象がやはり強烈でした。

承天寺を出たところで1時間以上経っており、すでに大満足で、お腹も減っていたので、近くにあったラーメン屋へ。さっぱり流行っておらず、客は他に1人しかいませんでしたが、その人もこのイベントを巡っていたようでした。少し話すと、もう帰るので、ということでチケットを1枚譲って戴けることに。博多小学校の展示が面白かったとのことでしたが、残り時間もあまりなかったので近場の妙楽寺→円覚寺→順心寺→節信院と廻ることに決めました。








ライトアップされたお寺の建物も素敵でしたが、僕はどうやら光そのものや、光の投影される面のテクスチャ、投影されるパターンなどのほうに惹かれるようです。
枯山水×ライトアップの威力を思い知った夜でした。

それにしても客層が若くて驚きました。大学生や30歳前後のカップル、小さなお子さまを連れた若い夫婦らしき人々などが多く、想像していた中年〜老齢の方々もいらっしゃいましたが、30代くらいまでの方々が多かった印象です。夜、暗くなってからということもあるのかもしれません。一人で来られている人はあまり見ませんでした。


承天寺の前には山笠の展示も。

写真はK-01にキットレンズの40mm載せて手取りです。

2012年11月18日日曜日

不連続な世界(恩田陸)|読書記録



恩田陸さんの書く物語には、完全にオカルトというか超常現象みたいなものが存在する物語と、完全に現実世界ベースの物語と、両者の間の物語があると思っていて、ぼくは最後のものに好きな作品が多いです。
その間っていうのは、ある現象についてオカルトっぽい記述と、現実的な記述、両方で描写し、どちらでも説明がつく状態で、どちらかに断定しない書き方のしてあるものです。なんというか、人の目を通して発現するオカルト的な事象の描き方がすごく好きなんだと思います。

この『不連続の世界』に出てくる主人公は『月の裏側』にもできていて、『月の裏側』は完全にオカルト、というかSF?の部類でした。一方『不連続の世界』の方は両者の間のもの。連作短編なので、一作ごとにその度合は振れていますけれど。こっちのほうが大分好みです。

ある人にとってオカルティックな現象を、別の人の視点で現実的な説明をする。あるいは説明をしたものの疑問を残す。あるいは逆にある人にとっての現実的な現象を、別の視点でオカルティックに説明する。
そういうものが入り交じって、ああ、不思議なものはきっとすぐ近くにあるんだろうという気にさせてくれる、形容しがたい感覚が存分に味わえました。
『六番目の小夜子』が好きな人はきっと好きになるんじゃないかなあと思います。

ここでの「オカルト」という言葉は現実世界で存在すると一般に認められてないものを指して使っています。SFからファンタジー、幽霊妖怪、超常現象ひっくるめて。

金星を追いかけて(アンドレア・ウルフ)|読書記録


今年2012年は、5月の終わりに金環日食があり、それなりの報道もされて盛り上がっていました。僕も通りがかりの人に観測グラスを借りて金環日食を見ました。でも、その直ぐあと、6月にあった金星の太陽面通過についてはメディアの扱いは金環日食ほど大きくなかったように記憶しています。
実は金環日食は、地球上のどこかではほぼ毎年見られるものです。一方金星の太陽面通過については、次に地球上から観測できるのは2117年であり、レア度の面ではこちらのほうが貴重な天文現象でした。現象の派手さからいくと、日食のほうがインパクト大きいかもしれませんけれど。そう言いながら、私は見逃したので、リアルタイムで見たいと思ったらあと105年ほど健康に生きなければいけないのですが。
このアンドレア・ウルフの『金星を追いかけて』という本は、1761年と1769年の金星の太陽面通過の際に起きた、「史上初の世界的な科学プロジェクト」について、多くの文献を元に書かれた本です。そのプロジェクトに関わった人々を軸に、臨場感のある語り口で綴られた群像劇であり、関わった人々ひとりひとりのドラマ、当時の世界情勢や、世界に対するこの天文現象のインパクトなどが読み取れ、初めから終わりまで楽しく読めました。
高校生の頃に学んで微かに記憶の底に残っている歴史上のイベント、人名や地理上の名称などもそこかしこにあって、それが実際に人の人生に影響を与えてひとつの物語となっているのを読むと、あの頃詰め込んだ知識はたしかに世界とつながっていたんだなあと感慨深いです。その点では、学生のの頃にこういう本を読んでいたらよかったのかもしれないなとも思いました。

2012年11月11日日曜日

XZ-1の使い勝手のレビューなど


ピントあってないですが。。
XZ-1を買って、しばらくたったので、気になることのメモ。発売から1年半もたって、後継機が出てから購入して、今更感満載ではありますが、ぼくがこれの前に持っていたデジカメはD70sという2004年発売の一眼レフで、コンパクトになると2000年発売のFinePix40iまで遡ってしまうので、個人的には新型カメラバンザーイという感じなのです。
そういえばFinePix40iはあの時代に何故かmp3再生機能のついた謎のカメラで、そこに惹かれて買って高校へ持って行っていました。わざわざMDからmp3へ変換するという謎の作業してたなあ。しかし音楽を聞くと1時間チョイで電池が切れてしまう駄目なやつでした。写真の写りは好みで、壊れるまで長いこと使ったものです。
D70sを買ったあとは、フィルムカメラも使ったりしつつ、トイデジは幾つか買いましたが、トイじゃないのは長いこと買わずに生きていました。D70s好きでしたしね。ニュージーランドで売ってしまいましたが。
趣味でぱちぱち撮っているだけの人間なのでそのつもりで。


撮影と直接関係ないところ

キャップは付属の物をストラップで本体につないで使っています。撮影するぶんには、電源入れるとレンズに押し出されて外れてくれるので全く問題ないです。ぶらぶらして邪魔なこともありますけど、どこまで気になんない。ただ、ちょっと外れやすくって、肩からぶら下げていたり、鞄の中に放り込んでおくと、結構外れています。鞄の中だと外れたあとにレンズに何か当たることもありそうで怖い。
自動開閉レンズキャップはその点、外れなさそうでいいなあとは思うのですけれど、今のところ手を出していないです。見た目は付属のキャップのほうが好きですし。とりあえずキャップの内側にテープでも貼って内径絞ってみようかなあと思案中。それで、レンズのモーターに負担かけても面白く無いですけどね。
そういえば、カバンに入れているとフラッシュも時々ポップアップしちゃっている時がありますね。もっと丁寧に扱えということなのかもしれませんが。
ストラップも付属の物を使っています。斜め掛け、縦掛け、特に問題ありませんし。

撮影まわり

液晶
液晶画面は、大きくて見やすいけれど、若干鮮やか過ぎる感はあります。あとで他の端末でみた時の色感とかなり差があるような。有機ELとかで焼き付く可能性があるみたいな記述があってちょっとびっくりしました。まあ、デジカメって発展途上ということもあるのでしょうが、フィルムカメラより、消耗品寄りな存在な気がします。

撮影操作
撮影操作ですが、基本はプログラムオートを使っていて、この時にはズームレバーとAFターゲット選択を一番高頻度で触ります。ズームレバーには特に問題無いです。AFターゲットの切り替えは、メニュー2層潜らないといじれなくて不便と多くの方が書かれているのを買う以前に見ていましたが、OKボタンを押すと、最後に設定していたメニューに飛ぶので、他の設定を殆ど弄らないぼくとしては、ほとんどの場合にOKボタンでAFターゲット設定に飛べるので特に問題無いです。他にいじるとすれば露出補正やフラッシュくらいで、この2つはもともとボタンが割り当てられているので、OKボタンの履歴に影響しないですし。AFは基本追尾AFのTRに設定しています。このモードでマクロからカバーできるので便利です。スーパーマクロにしたい時と、AFロックを使いたい時には、OKボタンを押してAFターゲットを変更しています。
絞り優先やシャッタースピード優先のときのレンズまわりにあるコントロールリングの操作感はかなり良いです。プログラムオートの時は、そこまでISOいじらないのであまりありがたみ感じないですけど。あまり使いませんが、たまにアートフィルターで遊ぶ時には、リングをくるくる回すのが楽しいです。
操作していて、唯一不満なのは、マニュアルフォーカス時の操作です。拡大率が低いのと、調整にリングまわりにあるコントロールリングが使えないこと!コントロールリングが使えたら、背面のダイヤルで合わせるよりずっとずっと楽なのにって思います。まあ、このへんは後継機のXZ-2では改善されているようなので、わざわざXZ-1買って文句言うのもあれなのですけれど。ファームで対応できるなら直して欲しいと思うけれど、今後更新されることあるのでしょうか。

撮影使用感
レンズが明るいのはやっぱり使いやすいです。それと手ぶれ補正の載っているカメラは初めてなのですが、すごいですねこれ。このシャッタースピードでブレないのかってびっくりしました。手ぶれ補正が2000年代に起きた一番すごい改変かもって思います。
少し気になるのはオートフォーカス。暗めの場所だとちょっと怪しい時あります。なのでマニュアルフォーカスの操作がもっとやりやすければいいのですけど!コントロールリングが使えたらなあ。でもそんなふうに思う事態はそうそう起きないので、そこまでマイナスポイントではないかな。最新のカメラに比べたらAFは少し遅いのかもしれません。

写真のことはよくわからないので、これ以上は、ただ、このカメラの写真が好きだ、としか言えません。
それから、使っていて幸せになれるカメラです。





2012年11月10日土曜日

XZ-1を買った話


ニュージーランドでお金に困ってD70sを売ってしまって以来、トイじゃないデジカメを長いこと持っていませんでした。なくても生きていくのには全然困らかなったけど、ずっと欲しいなと思っていて、9月末にようやく迎い入れました。オリンパスのXZ-1。

カメラは、写真も好きだし、カメラそのものも好きです。写真のことは好きなだけでさっぱりわかりませんが、そばにカメラがあると幸せ度が少し上がります。


はじめはまた一眼買おうかなとも思ったのですが、ミラーレスなどずいぶん小さいものもあるとはいえ、ズームレンズなどつけてしまうと、いつも持って歩くのには抵抗あるなあと思ったのと、D70sの時も結局キットレンズの他に買い増さなかったよね?というのがあって、コンパクトカメラに決めました。あ、でもD70sにはフィルムの頃のnikonのレンズとかつけて遊んでたな。

XZ-1はネットで見ていていいなーと思った写真で使われていることが何度かあって、カメラ自体の形もすご~く好みだったので、ポケットに入りそうにないというのは脇にのけて、6月くらいには、これほしいなあ、と思うカメラ筆頭になったのでした。



すぐに買おうかとも思ったのですが、どうやら後継機のXZ-2が近々出るらしい、という噂だったので、そっちがものすごくいいかもしれないし、後継機が出る頃には値段も下がっているだろうと思って少し待つことにしました。確かその頃は3万円強くらいの値段だったはず。
しかし、待てど暮らせどXZ-2は発表されず、なんかSonyがRX100とかいう1inchセンサでポケットに入りそうなコンデジを出したりして、心ひかれたりしながら日々暮らしていました。


ようやく8月の終わりくらいにXZ-2の情報がめに入りだして、正統な方向に随分進化している印象を受けましたが、見た目はXZ-1のほうが好きで、値段との兼ね合いもあり、XZ-2の正式発表直後にXZ-1を2万5千円にて購入しました。最後のCCD世代だろうという哀愁のようなものもありました。

純正のキャップに純正のストラップで使っています。肩から下げたりカバンに放り込んだり。暫くはよくよく持ち歩いていると思うので、暖かい目で見てやってください。

(追記)しばらく使った後の感想・レビューを書きました

2012年11月9日金曜日

ぼくらは都市を愛していた(神林 長平)|読書記録



「情報震」という発想が面白いと、どこかで紹介されていたのを見て、図書館で借りて読んだ本。
まるで違った様子の世界観での2つの話が交互に語られる構成になっていて、はじめは関係がさっぱりわからず、首をひねりつつ読み進めて行きました。どちらの話も一定の緊迫感があって先も気になるし楽しんで読めるのだけど、両者の関わりは終盤までなかなかわからず、上手いなあと思います。
2つの物語を結びつけているSF的装置も、すごく魅力的なもので、楽しい。都市を基底としていることやゲートキーパーなんて存在からBLAME! を思い出しました。
でも人を特別視しすぎかなあという気もします。認識世界ごとに異なるべきは意識を持つ持たないの別なく世界に在るすべてのものでないと変なのではないかと。意識がないと世界を持てない、ということに依って立っているために意識のあるものを特別視しているのかもしれませんが、必ずしもひとつの意識あるものにとって意識を持つものと持たないものが区別されるべきとはいえないですし。
何もかもまとめて揺さぶってしまいたいですが、自由度上げすぎると収集つかなくなるかもしれないですね。
時間をおいてまた読みたい本。