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2013年5月1日水曜日

自分ごとだと人は動く(博報堂DYグループエンゲージメント研究会 )|読書記録

ある人がある人に薦めていたので、近くの図書館で借りて読んでみました。天下の博報堂DYの網衆時代のマーケティング本。


「自分ごと」だと人は動く

消費者の移り変わりを、大衆→分衆→網衆というコトバで表現しています。網衆というのは初めて聞きました。クリエイティブ資本論も、WORK SHIDFTも民衆or消費者が多様化しているし、ますます多様化していくと述べていましたが、そのあたりはもう共通認識として理解していいのかなとおもいます。
網衆というのは、多様化した個が網のうように繋がって影響を及ぼしあってている様を表現しているようです。

消費者の多様化と、情報化社会によって身についたシェアする力とスルー能力。そんななかで、どうしたらメッセージを受け取ってもらえるか。
タイトルに有るように、いかに「自分ごと」と共感してもらうかがカギと展開していきます。

実例もあってわかりやすく、読みやすい取っ付きやすい本だとおもいます。

面白かったのはマーケティングの手法が変わっても、上手くやれるっていう自信が垣間見れるところ。どんなに個々の使える情報処理機能やアクセスできる情報が増えたって、朝から晩までマーケティングのこと考えているプロはつるりと入ってくるのかも。
情報処理がよりパーソナライズしていくなかで広告というものは広告のように見えなく、でも緻密に計算されて、するりと懐に入ってくるものになるんでしょうかね。

この本で書かれている方法論はものすご~く現実的で、よくあるWEBマーケの本みたいにマスメディアの力を軽視したりしていないし、現実をそのまま捉えて最適解を求めているみたいで好感が持てる。さすがです。仮にテレビが消えたって、彼らは滅びないだろうなとおもいました。

2013年4月27日土曜日

クリエイティブ資本論(リチャード・フロリダ)|読書記録

リチャード・フロリダさんのクリエイティブ資本論を読みました。リチャード・フロリダさんはトロント大学の都市社会学者で、クリエイティブ・クラスのコンセプトで有名です。



クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭

3つのTという考えをベースにして、実例による検証と、都市や企業がそれを捉まえるためにどうしていくべきかという話が展開されます。

3つのTとは「Talent(才能)」「Technology(技術)」「Tolerance(寛容性)」で、これらが揃っている場所で価値ある物が生み出されているとしています。

特にTolerance(寛容性)の話は面白いです。
その地域の同性愛者の数から割り出すゲイ指数や、芸術家などの数から導くボヘミアン指数を用いて地域の寛容性を評価しています。
そしてアメリカの各都市におけるそれらの数値と、地域の経済性、発展性に強い相関性を持って寛容性の重要性を訴えます。

そして、この多様な人達に居心地のいい場所に、Talent(才能)が集まり、Technology(技術)と相まって発展を満たしていくという考え方をベースに、都市や企業がどのような環境を提供していくべきかという話を展開していきます。

また、クリエイティブ・クラスという新たな階級のコンセプトについての記述も多いです。彼らにどんな傾向があり、何を好むのか。主にワーキング・クラスとの対比で描かれています。

クリエイティブ・クラスについて著者は、すでに台頭し、これからの社会を主導していく階級としています。けれど著者も懸念しているように、これらの人達自身の階級としてのまとまりや自覚は薄いと思います。

でも僕はそれで良いと思っています。著者の言うようにクリエイティブ・クラスは多様性のある環境を好みます。階級としてのまとまりを求めるという行為は、多様性に対する寛容性とは逆行することのように思えるのです。

正確に言えば、著者は多様性に対する寛容性のある場所をクリエイティブ・クラスは好むとしていますが、クリエイティブ・クラスそのものが多様性を持っているとは断定していないように思います。実際、クリエイティブ・クラスはアクティビティが好きだ、といったように類型化を試みています。

僕はこのところには少し疑問を感じていて、クリエイティブ・クラスそのものが多様性を持っていて、そのような類型によって捉まえるのは難しいのではないかと思っています。(例えば彼らがみんな長時間労働するかどうかは疑わしいと思っています。)

そして、その多様性の中から、またかつてのように大多数の人に受け入れられる(あるいは大多数を支配する)新たなスタンダードが生まれるのかもしれないと思います。でもそれほどのものを生み出すためには多様性という創造性の温床が必要なのではないでしょうか。

だとしたら、社会は一度発散せんばかりに多様なセグメントに分解されていくのかもしれません。著者の言うような現在のクリエイティブ・クラスが階級としてまとまって社会を変えていく、というシナリオはちょっと腑に落ちないのです。





2013年3月16日土曜日

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法(橘玲)|読書記録

勧められてよんだ橘玲さんの『残酷な世界で生きのびるたった一つの方法』の感想などのメモ。


残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

タイトルから受ける印象は「方法」のところに重点を置いているようだけれど、中身の配分は逆。本の大半が、この世界がどんな風に「残酷な世界」であるかの解説に割かれている。

進化心理学を軸にさまざまな文献を引用しながら人間社会、日本社会がどういうものなのか、人間がどういう性質を持った生き物なのか、著者の持論が展開されている。

書名の「生き延びるたったひとつの方法」は最終章でやっと触れられる。基本的には著者がこの本の1年前に出版している『貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』の「雇われない生き方」≒マイクロ法人となるというのがその答えだ。

そういう意味では、以前から著者が主張している「雇われない生き方」を支持するような文献を集めて解説しているというふうにも取れる。一次資料にあたっていないので、それぞれの説がどの程度信憑性のあるのかはわからない。

とはいえ、ぼくらの生活する世界やぼくら自身の性質についての記述は読んでいて面白いし、腑に落ちる説が多い。少なくとも冒頭で挙げられている自己啓発が謳っているような「努力して自分を変えて幸せになる」という文句よりはずっとずっと納得感がある。

著者の述べる「残酷な世界を生き延びるたったひとつの方法」に賛同するかどうかは別として、この世界や自分がどういうものか考える一助になる良い本だと思う。

「残酷な世界」とタイトルにあるけれど、世界が残酷だ、というよりは、常識を捨てて(著者の主張する)真実を受けいるという行為自体が人にとって残酷かもという印象。受け入れるなり、1つの考え方として認められれば世界はそんなに残酷ではないと思う。

いろいろ面白い話があったけれど、一番印象に残っているエピソードは著者の就職にまつわる話だったかも。カネコさんと著者のやり取りが妙に面白い。

しかし『〜する方法』ってタイトルの本多いね


2013年3月11日月曜日

100円のコーラを1000円で売る方法(永井孝尚)|読書記録

永井孝尚さんの『100円のコーラを1000円で得る方法1&2』をこないだ読みました。とっつきやすくていいんじゃないと貸してくれたのでさらっと。


100円のコーラを1000円で売る方法


100円のコーラを1000円で売る方法2

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』を読んだ時にも思ったけれど、物語が全然面白くない。こういう物語仕立てで既知のものごとをわかりやすく書いてある本って、みんなそうなのかな?

でもまあ、面白いことを目的として書かれているわけでは無いだろうからいいのか。

この手の本は、読み手の想像力を補うためにこういう物語調なのだと思います。教科書みたいな文体でマーケティング理論について書かれていてもわかんないですもん。自分の日常レベルまで落としてくれないとさあ。
だからより具体的に、白々しいまでにその辺で起こってそうな、そんな舞台設定で解説してくれる本が要るのですよ。
理論を身近な出来事に当てはめたり、ケーススタディをするなんて高度な想像力を駆使しなくてもわかった気になるためにさ。

2012年12月2日日曜日

THE FHUTRE IS JAPANESE(VA)|読書記録


日本をテーマにしたSFアンソロジー。日本人のものが5篇、海外の人の作品の翻訳物が8篇。翻訳は結構不自然な言い回しが目立って、好みではなかった。わざと翻訳っぽい翻訳をしているのかもしれないけれど、それにしたって、というのがちらほら。以下、それぞれの雑感。敬称略。


◎「もののあはれ」 ケン・リュウ
震災直後の日本人への海外から評価を思い出す、ステレオタイプな日本人像って感じ。でも割と好き。自己犠牲の描写は『アルマゲドン』とか『インディペンデンス・デイ』とかでも出てくるし、日本に対するイメージ独特のものではないのだろうと思うけれど、滅亡に瀕する地球で、他地域では動乱が起きているのに日本では静かな生活が続いているという描写は、彼の日本人へのイメージなんだろうなと思う。この著者のストⅡ日本人キャラみたいな名前はなんなんだろ。

△「別れの音」 フェリシティ・サヴェージ
ごちゃごちゃしてあまり好みではない。ベーシックインカム導入のベースにSF装置があってちょっと吹いた。

○「地帯兵器コロンビーン」 デイヴィッド・モールズ
日本といえば、ロボットアニメ、というのもひとつのイメージなのかも。アニメノベライズ風。短編には収まりきっていなかった印象。ロボットアニメを題材にして、ハリウッドで作る戦争映画みたいなのりでガチで書いてる作品あったら面白いだろーなあと思った。この人だけ著者紹介で殆ど何も書かれていなかったのはなぜだろう。

△「内在天文学」 円城塔
世界観の説明に終始している感じで好みではない。

○「樹海」 レイチェル・スワースキー
ホラーとSFの境目ってなんなんだろうと思いつつ読んでいた。日本人が描いていると言われても信じるかも。

△「」 パット・キャディガン
困った、タイトルも中身も思い出せない。

◎「ゴールデンブレッド」 小川一水
この本の中では一番面白かった。文化交換をベースに日本文化についても書いていてテーマにも合っている。ほっこりするストーリに皮肉が透けて見えて面白い。

△「ひとつ息をして、ひと筆書く」 キャサリン・M・ヴァレンテ
中国系ファンタジー。正直良くわからない。

△「クジラの肉」 エカテリーナ・セディア
捕鯨文化、というのも日本に対するイメージの一つだよね。

○「山海民」 菊地秀行
物語は好みだけど、世界感がおおざっぱ。バランスが難しい。

△「慈悲観音」 ブルース・スターリング
対馬が舞台の歴史改変小説。ちょっと良くわからない。

◎「自生の夢」 飛浩隆
SF装置がちょっと、ぼくらは都市を愛していた(神林 長平)の情報震に似ている。描いているものは全く違うけれど。情報社会という言葉が出て久しく、いまの生活の情報インフラへの依存度を見ると、それに異常が起こったら、という発想がたくさん出てくるのは自然かも。そういう意味ではホラー味もあるよね。

○「The Indifference Engine」 Project Itoh
何故英文掲載したのかよくわからない。読んだことあったので割愛。

「ゴールデンブレッド」が良かった。小川一水さんのもの、他にも読んでみよう。

2012年11月18日日曜日

不連続な世界(恩田陸)|読書記録



恩田陸さんの書く物語には、完全にオカルトというか超常現象みたいなものが存在する物語と、完全に現実世界ベースの物語と、両者の間の物語があると思っていて、ぼくは最後のものに好きな作品が多いです。
その間っていうのは、ある現象についてオカルトっぽい記述と、現実的な記述、両方で描写し、どちらでも説明がつく状態で、どちらかに断定しない書き方のしてあるものです。なんというか、人の目を通して発現するオカルト的な事象の描き方がすごく好きなんだと思います。

この『不連続の世界』に出てくる主人公は『月の裏側』にもできていて、『月の裏側』は完全にオカルト、というかSF?の部類でした。一方『不連続の世界』の方は両者の間のもの。連作短編なので、一作ごとにその度合は振れていますけれど。こっちのほうが大分好みです。

ある人にとってオカルティックな現象を、別の人の視点で現実的な説明をする。あるいは説明をしたものの疑問を残す。あるいは逆にある人にとっての現実的な現象を、別の視点でオカルティックに説明する。
そういうものが入り交じって、ああ、不思議なものはきっとすぐ近くにあるんだろうという気にさせてくれる、形容しがたい感覚が存分に味わえました。
『六番目の小夜子』が好きな人はきっと好きになるんじゃないかなあと思います。

ここでの「オカルト」という言葉は現実世界で存在すると一般に認められてないものを指して使っています。SFからファンタジー、幽霊妖怪、超常現象ひっくるめて。

金星を追いかけて(アンドレア・ウルフ)|読書記録


今年2012年は、5月の終わりに金環日食があり、それなりの報道もされて盛り上がっていました。僕も通りがかりの人に観測グラスを借りて金環日食を見ました。でも、その直ぐあと、6月にあった金星の太陽面通過についてはメディアの扱いは金環日食ほど大きくなかったように記憶しています。
実は金環日食は、地球上のどこかではほぼ毎年見られるものです。一方金星の太陽面通過については、次に地球上から観測できるのは2117年であり、レア度の面ではこちらのほうが貴重な天文現象でした。現象の派手さからいくと、日食のほうがインパクト大きいかもしれませんけれど。そう言いながら、私は見逃したので、リアルタイムで見たいと思ったらあと105年ほど健康に生きなければいけないのですが。
このアンドレア・ウルフの『金星を追いかけて』という本は、1761年と1769年の金星の太陽面通過の際に起きた、「史上初の世界的な科学プロジェクト」について、多くの文献を元に書かれた本です。そのプロジェクトに関わった人々を軸に、臨場感のある語り口で綴られた群像劇であり、関わった人々ひとりひとりのドラマ、当時の世界情勢や、世界に対するこの天文現象のインパクトなどが読み取れ、初めから終わりまで楽しく読めました。
高校生の頃に学んで微かに記憶の底に残っている歴史上のイベント、人名や地理上の名称などもそこかしこにあって、それが実際に人の人生に影響を与えてひとつの物語となっているのを読むと、あの頃詰め込んだ知識はたしかに世界とつながっていたんだなあと感慨深いです。その点では、学生のの頃にこういう本を読んでいたらよかったのかもしれないなとも思いました。

2012年11月9日金曜日

ぼくらは都市を愛していた(神林 長平)|読書記録



「情報震」という発想が面白いと、どこかで紹介されていたのを見て、図書館で借りて読んだ本。
まるで違った様子の世界観での2つの話が交互に語られる構成になっていて、はじめは関係がさっぱりわからず、首をひねりつつ読み進めて行きました。どちらの話も一定の緊迫感があって先も気になるし楽しんで読めるのだけど、両者の関わりは終盤までなかなかわからず、上手いなあと思います。
2つの物語を結びつけているSF的装置も、すごく魅力的なもので、楽しい。都市を基底としていることやゲートキーパーなんて存在からBLAME! を思い出しました。
でも人を特別視しすぎかなあという気もします。認識世界ごとに異なるべきは意識を持つ持たないの別なく世界に在るすべてのものでないと変なのではないかと。意識がないと世界を持てない、ということに依って立っているために意識のあるものを特別視しているのかもしれませんが、必ずしもひとつの意識あるものにとって意識を持つものと持たないものが区別されるべきとはいえないですし。
何もかもまとめて揺さぶってしまいたいですが、自由度上げすぎると収集つかなくなるかもしれないですね。
時間をおいてまた読みたい本。

女子の古本屋(岡崎 武志)|読書記録




古書店の女性店主への取材をまとめたノンフィクション。雑誌で連載していたものをまとめたもののよう。


本に限った話ではないし、ものに限った話でもないのだけれど、これだけストックが溜まってきて、大量の新しいものが出てくる中で、キュレーションする人が必要なんだよなあって思う。んで、そのキュレーションの方法論自体がまた多様化していっていて、また発散しそうなどと考えている。まとめポータルみたいのはそういう文脈で出てきてるんだろうなあと。
古本屋もキュレーターだと思う。そして個人でやっている古本屋はキュレーションの方法論ががっつりその人の内面と結びついていて面白い。その辺りが垣間見れて面白い本。実際お店までいったほうがより楽しめると思う。ので近場だけでも行ってこようかと思った。

2012年11月4日日曜日

朝日のように爽やかに(恩田陸)|読書記録


恩田陸さんの話は、長編のほうが好きだな、と思った。

恩田陸さんの長編で好きな作品は挙げればきりがないほどあるのだけれど、ディテールの表現がすきで、それを丁寧に積み上げて物語やキャラクターを描いている様子がとても好き。なので短編でも連作のものではすごく好きなモノがある。
単発の短編でそれを出すのはなかなか難しいのかなあと思う。

逆に短編のほうが好きな方はいるかなあと思ったら、村上春樹さんとかはそう。彼の文は1文から村上春樹だし、ストーリー自体に魅力を感じて読んでいるわけでもないので、短編集のがさっくり読めて好き。いや長編も好きなのですけれどね。

フィクションは基本もの考えずに読んでいるので好き嫌いしかわかんないです。

2012年9月27日木曜日

『桐島、部活やめるってよ』|読書記録


映画、おもしろかったので、文庫版を読みました。朝井リョウさんの『桐島、部活やめるってよ』。

アマゾンに酷評が多かったので楽しみにしていたのだけれど、文体も読みやすいし内容も映画に比べてひどいってことは全然なかった。
映画と違って、短編連作といったスタイルで、それぞれの人のエピソードはあんまり絡んでいない。1人称描写で内面描写が多くて、そんなに濃いイベントも起こらない。決定的な変化があるわけでもない。でもすごく優しくさり気ないかたちで、たしかにそこにあるんだろう小さな変化を綺麗に掬いとってる。

そういう描き方って、やっぱり小説があってるんだろうなと思う。映像でもモノローグを入れることもできるけど、それが中心になるのは違和感ある。で、モノローグを入れないとなるとやっぱりそれなりのイベントがないと人の変化って表現するのが難しい。映画で桐島がより重い存在としてみんなにのしかかっていたり、キスシーンや屋上のゾンビシーンやバレー部のシゴキシーンがはいるのはわかりやすいイベントが必要になるからなんだろう。最期の宏樹と涼也の会話もそうだし。
映画は映画ですごく好きだけれど(橋本愛は美しいし)、そういったイベント無しにさっと掬い取る小説の描き方もとても好きだ。

教室はとても特異な場所だと思う。同じ時期に近い場所で生まれたってだけであんなにも多くの人が狭い場所に座って同じ方向を見ている。でもその中には断絶があって、みんなが同じ物を見ているわけじゃない。たぶん、学校がなければ一生会わないような人たちと空間をシェアしてる。あんなに狭い空間をシェアしてるわけだから、断絶があったってやっぱり袖が触れ合うわけで、そこで摩擦があって、ドラマが生まれるんだろうな。

ひかりそのものだ、という顔はそこから生まれたのかもしれない、とも思う。



『トリガール!』|読書記録

なんとなく、図書館で目についてので読んだもの。中村航さんの『トリガール!』。
さらっと読めて、展開も先が読めるくらいにわかりやすくて、だけど読むのは楽しい文章。清涼炭酸飲料を飲むような気持ち。
後味もすっきりで飲んだことすら忘れそうな感ある。

2人乗りの機体にこだわってるということで芝浦工大がモデルなんでしょうか。実際公開告白とかやったらしいし→http://tbt.bird.cx/museum/S-180/s180.html
大学生の時に100人超のプロジェクトに関わるっていうのは随分すごいことのように思える。得るものあるだろうし楽しいだろうなと(同じくらいきついと思うけど)。そういう部分はこの本ではあんまり描かれてなかったですね。

ノンフィクションとかドキュメンタリーあったら読みたい。

2012年9月1日土曜日

本 vs 電子書籍 読み聞かせに向いているのはどっち?

28日発行のBEATのメールマガジン「Beating」第99号でも紹介されていましたが、the Joan Ganz Cooney Centerが印刷された本と、電子書籍のメディアの違いによる読み聞かせ体験について興味深いレポートを発表しています。
the Joan Ganz Cooney Centerはデジタルメディアを通したこどもの学習について調査研究を行なっているアメリカの団体です。

今回はこの『Print Books vs. E-books』と題された2012年3月のレポートについて紹介します。

電子書籍が登場してからある程度時間が経ちました。当初の電子書籍は、紙の本の文字列を単純にデジタル化したシンプルなものでした。それに加えていまでは、文字だけでなく音や動画などのマルチメディアが用いられたりインタラクティブな動きを取り込んだ電子書籍が現れています。

今回紹介するレポートでは、従来の紙の本、単純にデジタル化したシンプルな電子書籍、そしてマルチメディアやインタラクティブ性を取り込んだ多機能な電子書籍の3つのフォーマットを取り上げて、フォーマットによる親子の読み聞かせ体験の違いについて調査しています。

はじめに注意していただきたいのは、これはあくまで32組の親子を対象とした小規模な調査で、結論を下すにはもっと大規模でサンプルの偏りを排した調査が必要だという点です。しかし、それを差し引いても、なかなか示唆に富んだ結果が得られています。

調査の目的
調査グループは次の3つの問をたてています。

・それぞれのフォーマットで読んだ時の、親と子のやりとり、子どもの書籍にたいする行動はどのようなものか。

・子どもの読み聞かせへの没頭具合はフォーマットによってどのように異なるか。

・子どもたちの物語の理解はフォーマットによってどのように異なるか。

調査の形式
調査の形式についても簡単に紹介しておきましょう。詳しくは記事の最後に引用元のレポートへのリンクを載せていますのでそちらをご覧ください。

調査は32組の親子を対象としています。子どもの年齢は3歳から6歳。32組の親子は、読み聞かせに用いるフォーマットと、読む順番によって、次の4つのグループに分けられました。

グループ1:紙の本を先に読み、次にシンプルな電子書籍を読む。
グループ2:シンプルな電子書籍を先に読み、次に紙の本を読む。
グループ3:紙の本を先に読み、次に多機能な電子書籍を読む。
グループ4:先に多機能な電子書籍を見、次に紙の本を読む。

電子書籍はどちらのフォーマットのものもiPad上のものを用いています。
それぞれの読み聞かせのあとに、調査スタッフが子どもに質問をし、物語の理解度を評価します。読み聞かせの様子はビデオに撮り、2人の調査スタッフが没頭具合と、親と子のやりとりと子供の本にたいする行動の頻度と種類を記録します。

調査の結果
1.それぞれのフォーマットで読んだ時の、親と子のやりとり、子どもの書籍にたいする行動はどのようなものか。



Cynthia Chiong, Jinny Ree, Lori Takeuchi, and Ingrid Erickson.(2012.3)Print Books vs. E-books.より

上の図は、読み聞かせ中の親と子の行動の頻度を表しています。黒い点は書籍の内容についての行動の数を、青い点は書籍の内容に関係のない行動の数を示しています。ちなみにここでいう「行動」とは、発言や、指差し、呼びかけなどのことです。
図は大きく2つにわかれていて、左半分のSTORY Aと書かれている方は紙の本とシンプルな電子書籍を読んだグループの結果をまとめたもの、右半分は紙の本と多機能な電子書籍を読んだグループの結果です。
紙の本とシンプルな電子書籍を読んだグループでは、本か電子書籍かに関わらず、内容に関係する行動の頻度は変わりません。しかし、内容と関係のない行動は、親子ともに、電子書籍を読む時のほうが多い傾向にあります。内容についての行動の数を維持して、その他の行動(会話など)が増えているので、シンプルな電子書籍は紙の本よりも読み聞かせに適しているように思われます。
一方、紙の本と多機能な電子書籍を読んだグループでは、電子書籍を読んだ場合に内容と関係のある行動は極端に減り、逆に内容と無関係の行動が多くなっています。特に子どもは、電子書籍を読んだ時には内容と関係のある行動をほとんどしなくなっていることが読み取れます。具体的にはデバイスや機能そのものに焦点をおいた会話が多くなったということです。

2.子どもの読み聞かせへの没頭具合はフォーマットによってどのように異なるか。
引用元同上

上記の図は、調査に参加した32組の親子の読み聞かせへの没頭具合が、フォーマットによって異なっていたかを示したものです。
左のグラフは、親と子のやりとり、子供の本への没頭具合、親の本への没頭具合、楽しんでいるか、ということを総合的に評価したものです。63%の親子はは紙の本でも電子書籍でも同じくらい読み聞かせに没頭していたようです。電子書籍のほうがより没頭できた親子は6%に過ぎなかったということでした。一方で31%の親子が紙の本のほうが没頭できていました。
右の図は、子どもの本への没頭具合のみを示したものです。60%超はやはりフォーマットによらず同じように没頭していました。しかし子どもについては、電子書籍のほうが没頭できている数が多くなっています。デバイスにタッチしたりといった行動が見られたようです。

3.子どもたちの物語の理解はフォーマットによってどのように異なるか。

引用元同上

上手は、読んだ物語をどれくらい思い出せるかを示した図です。一番右の、多機能な電子書籍で物語を読んだ子どもたちの理解度が、他のフォーマットに比べて低いことが読み取れます。これは親子ともに物語とは直接関係ない、電子書籍の特徴の方に集中してしまうからだとレポートでは述べています。

所感
レポートでは「親は内容を重視するなら、読み聞かせには紙の本かシンプルな電子書籍を選ぶべき。多機能な電子書籍は、普段読書しない子の興味を引くには良い。」としています。
私は、多機能な電子書籍が内容とは関係ないところに興味を引いてしまうのは、単純にそれが新しくて、珍しい体験だからではないかと思います。デザイナーが、それらの新しい機能を上手く物語に統合できていないということもあるかもしれません。映画や、ゲームが本に比べて物語を御理解し難いか、といえばそんなことはないと思うのです。いずれマルチメディアやインタラクティブ性が物語に綺麗に統合され、多機能な電子書籍というものが当たり前の存在になっていくでしょう。その時には、読み聞かせという場においてもそのような電子書籍は素晴らしい体験を与えてくれるものになると思います。それまでのあいだは、このレポートの忠告を聞いておくのが良いかもしれません。
多機能な電子書籍は、従来の本やシンプルな電子書籍とは全く異なる体験を提供するものになると思っています。それらは対立軸で語られるものではなくて、本と映画のように並列に在るものになるのではないでしょうか。
従来の本のいいところは、文字情報という制限された伝達手段を用いることで、読み手に応じて多様な世界が繰り広げられるとことだと思います。それはそれで、いつまでも残ってほしいなと思います。


もとのレポートはこちら

Cynthia Chiong, Jinny Ree, Lori Takeuchi, and Ingrid Erickson.(2012.3)Print Books vs. E-books.
http://joanganzcooneycenter.org/upload_kits/jgcc_ebooks_quickreport.pdf

2012年8月13日月曜日

成功する雑貨屋さん/色彩の教科書|読書記録

最近の読書記録。一冊目はマツドアケミさんの『成功する雑貨屋さん ショップ経営に欠かせないこと―27歳で始めた雑貨ビジネスを4年で年商1億円にしたネットショップ&小さな店の経営術 』。別に雑貨屋を本気で開きたいわけではないが図書館の新刊コーナーで目に止まったので。
事例を交えてコンセプトの決め方から計数管理まで触れていて、雑貨屋作りたいなあという人は気持よくモチベーションあげられるんでないでしょうか。あと、実店舗とネットショップを組み合わせるというところに軸を置いているようです。その辺りの相乗効果みたいなことにはもうちょっと触れてくれたらもっと面白いかも。
印象にのこったのは路面店よりも2階を選ぶという下りです。流そうと思えばさらっと読めて商売やる人にはそれなりに学んだり思い出すことがあるんでないかと思います。


2冊目は芳原信さんの『使える!色彩の教科書』。ええっと、面白くなかったので途中で放り出しました。何色の服を着てショプに入ってきた人には、こういう接客をするのが良いみたいなところまで。色彩検定のテキストでも読んで、自分の体験に即した事例について自分で考えてみたほうが自分にはあうかなという感じ。もしかしたら後半面白くなるのかもしれないですけれど、無理して読むことはないかなと。

2012年8月6日月曜日

陽だまりの彼女/ボトルネック|読書記録

先々週、かな?平塚から電車で東京へ行く前に本屋へ寄って、新潮の2冊買うともらえるというキャンペーンのブックカバーが可愛かったので文庫を2冊買ったときの本。どうせなら普段読まなさそうなものにしよう!ということで選びました。

1冊目は帯に「女子が男子に読んでほしい恋愛小説」みたいなことが書いてあり、裏表紙の概略には「完全無欠の恋愛小説」と書いてあって、下手したら一生読まねえ、と思ったので選んでみました。越谷オサムさんの『陽だまりの彼女』。

なんだか食合せの悪い食材つかって作った料理でお腹こわしたような気分。なんでそれいっしょにしちゃったのって感じ。後半になって明らかになる設定を加えたことで前半の部分がむしろ損なわれてしまっちゃったように思えました。物語っていうよりエンターテイメントだと思えばよいのかもしれないですが。オチも好みではない。


2冊目は米澤穂信さんの『ボトルネック』。装丁をみて、何故か懐かしい感じがしたので、古い本なのかなと思ったら割と最近のものだった。裏表紙に『青春ミステリの金字塔』等と書いてあったので、これまたあんまり縁がなさそうだなあと思って。
こっちの方は割と好み。1冊目と同じように不可思議な設定があるけれど、早い段階で提示してくれるし、その設定が物語のドライブになっていて分り易い。かと行って先読みできてしまうわけでもなく、最後まで読んでいて楽しかった。話自体はハッピーな話ではないけれどね。

新潮文庫はいつからパンダがマスコットなのかなあ。アレのせいで買ってしまってちょっと悔しい。こうやって新しいもの読むきっかけになるのは悪くないけどさ。

2012年7月23日月曜日

失敗の本質|読書記録

この週末を使ってようやっと『失敗の本質』を読み終わった。先に「超」入門の方を読んでいて、今回元の本を読んだのだけれど、元の本のほうは、具体的な作戦における意思決定のされ方や、事態の推移が詳しく整理されていて、より、問題となる組織の性質が理解しやすかった。そういう意味で、一章の失敗の事例研究が一番面白かったと思う。二章三章の部分は、「超」入門の方でも良いんでないの、って思う。読みやすいし。でも、「超」入門の方だけ読んでも、あんまり腑に落ちないのではないかな。数あるビジネス書のひとつとして読み流してしまいそう。その点、一章の事例研究は、読んでいて共感することがたくさんあって身につまされる感じ。生まれる前の戦争のことだけれど、いまだに、あ、そんなことあったなと自分の周りの環境におきかえて共感できてしまう。なので、この元の本の一章を読んでから、二章三章なり、「超」入門を読むなりしたほうが身につきそう。

30年くらい前の本だけど、読んだほうが良い組織体は今もたくさんあるよねきっと。読んでよかった。少しづつでもやれることやっていこう。

2012年7月12日木曜日

『熱風』で藤森照信氏が連載を始めていた件

タイトルでほぼ完結しています。。
ジブリ出版部の出している小冊子『熱風』の7月号から、藤森照信さんが、『建築の素』という連載を始めています。
この冊子、存在は知っていて気になっていたものの、現物に出会う機会がなかったのですが、先日丸の内の丸善に行ったときにたまたまおいてあったので頂いてきました。そしたら、たまたまその号から藤森さんの連載が始まっていてたのです。そして面白い。
藤森さんは建築史家でありながら実際の建物のデザイン等も手がけている建築家で、曲がりなりにも大学の時に建築学科にいた僕は、神長官守矢資料館や高過庵などを雑誌で見てショックを受けたりしたものでした。
この号では”自然素材と建築”をテーマにした連載のはじまりとして、まず土を取り上げ、ジェンネの泥の大モスクについて書かれています。
内容については触れませんが、実際に観に行かれたときのことを具体的なエピソードを交えてイキイキと描かれていて、建築に馴染みのない人が読んでも面白いんじゃないかなあと思います。
7月号は『館長 庵野秀明 特撮博物館』の特集が組まれていたり、坂本龍一と鈴木敏夫の対談が収録されていたり、読みでがあって面白いです。手に取ることがあれば是非。

2012年7月10日火曜日

森繁の重役読本|読書記録

1960年代に2000回以上放送された向田邦子作、森繁久彌朗読によるラジオエッセイの台本の一部をまとめたもの。一篇一篇がみじかくてつるりと読める。向田さんの最初期の仕事で、のちのものと比べると物足りない感は否めないけれど、会話や細かな所作の描写はのちに通じるものがあって読んでいて楽しい。でも、まえがきとあとがきの位置にある森繁さんについての文章が一番面白かったかも。巻末の森繁さんの文章も面白い。ひとつひとつが短いので合間の時間を楽しく過ごすには向く。

2012年7月9日月曜日

思いやりと想像力|礼儀作法入門|読書記録

礼儀作法をテーマにしたショートエッセイ集。台東区リサイクルセンターのリサイクルブックの棚から見つけて、山口瞳さんの他の著作は読んだことありませんが、表紙が可愛かったので頂いてきたもの。電車移動の暇つぶしに読んでいました。


よくあるハウツー本のようなタイトルですが、礼儀作法をキーワードに世の中のいろんな事象を批評しているエッセイで、読んでいてなかなか小気味が良いです。1974年から1年間連載したもということで、表面的なイベントは時代を感じさせることも多々ありますが、根底のところはずっと通じるものを感じます。相手の想いを推して思いやるのが礼儀作法の底にあるものだということをさまざまなエピソードを通じて訴えかけているよう。やっぱり想像力が大事だよねと改めて思う。

ここのエピソードについても、ひとつの参考として読んでみたら面白いんじゃないかと。入院見舞いの話には思わず膝を打ちました。文章は軽妙でとっても読みやすいです。

2012年7月8日日曜日

最近のメモ

最近読んだ本。『10年後に食える仕事食えない仕事』、『「超」入門失敗の本質』。忘れないようにメモ。感想などかく暇はいまはない。
最近あった不思議なこと。ある日家の近くの小学校の校庭の横を通りかかったら、小学生諸君が水着で校庭に整列していた。謎な光景過ぎて頭から離れない。